論考

遠野遥「破局」論――飲食の位相(2)茄子色の、ハムのような色の、チョコレートケーキと似た色の

「破局」の登場人物のひとりである麻衣子は、つねにワンピースを着た存在として描写される。

特別な場合を除けば、麻衣子はワンピース以外の服を着ない。実に多くのワンピースを持っていて、同じ月に同じワンピースを着ることはない。

恋人である陽介がこう断言するほど、麻衣子はワンピースと密接な関係を切り結んでおり、それゆえに、川本直をして、物語のラストで、屈強な男を意識不明に陥らせた陽介を警察に通報したとおぼしき〈「知らない」ワンピースの若い女が誰なのか疑問が湧く〉(註1)とまで言わしめるほどなのだ。

〈「知らない」ワンピースの若い女〉の正体について考察を深めるのは今後の課題とするとしても、作中におけるワンピースの描写には注意を払うべき点が多い。すなわち、麻衣子のワンピースを描写するにあたり、陽介が発揮する、独特の感性についてである。具体的には以下のとおりとなる。

①今日のワンピースは茄子のような色をしていて、ピンク色の小さな花が、茄子を隠すようにいくつも咲いていた。
②ハムのような色のワンピースを着た女が立っていた。麻衣子だった。
③麻衣子が今日着ているワンピースは、チョコレートケーキと色が似ていた。しいていえば、ワンピースのほうが色が薄い。

ただ単に紫、桃色、焦げ茶色、などとするものではなく、その色を何かに擬えている。その擬えは、別項で考察する予定である陽介が用いる擬人法と同様に、どことないおかしみを催すもので、たとえば小川公代は、この箇所を引用しつつ、「破局」を〈ユーモアといい、小説の真実性、声、アイデンティティの大胆な”実験”といい、ローレンス・スターン的〉(註2)なテクストであると述べている。

ところで、こうしてワンピースの描写を三つを抽出してみると、ひとつの通底する特徴が見えてくる。すなわち、ワンピースが擬えられている〈茄子〉も〈ハム〉も〈チョコレートケーキ〉も、みな食べ物だということである。具体的にひとつずつ見てゆこう。

まず、〈茄子のような色〉のワンピースについてであるが、これを考えるに当たって、語り手にとって茄子がなんらかの意味をもつものであったのか、確認しておきたい。本文中に〈茄子〉という語は二回出てきて、それらはいずれも麻衣子のワンピースを形容する色である。すなわち、語り手が茄子に対して良きにしろ悪しきにしろ、なんらかの思い入れを見せる場面は「破局」においてはない。

思い入れ、と言えば、陽介は〈ワンピースは茄子のような色をしていて、ピンク色の小さな花が、茄子を隠すようにいくつも咲いていた〉と印象的な形容をしながらも、このワンピースにはほとんど思い入れを感じてはいないようである。なぜなら、陽介はこのワンピースを〈初めて見るワンピース〉だと思っていたが、のちほど〈ワンピースの色〉を陽介が〈褒め〉れば、〈前に着た時も褒めてくれた〉と麻衣子に返されるからである。詳細を論ずるのは別の機会に譲るとして、陽介は、自身の関心のないことには記憶力を発揮しない(ように見える)人物であるが、ここでもそんな陽介の性質は遺憾なく発揮されていると言ってよい。

なお、〈茄子のような色〉のワンピースを褒めた直後、麻衣子がシャワーを浴びている間、陽介が全裸で窓辺に立ち、〈自慰〉を行う場面がある。その際に、こんな表現が出てくる。

観覧車の光が、私の性器を紫に染め、それから青く照らした。私は私の性器がさまざまな色に変化するのをしばし楽しみ、

〈茄子のような色〉とはおそらく〈紫〉であり、さらに陽介が着目するのが、麻衣子の〈さまざまな色に変化する〉ワンピースの、特にその色であることを鑑みると、ここで陽介は、疑似的な麻衣子とのセックスを楽しもうとしているように見えなくもない。ただし、最終的に陽介が〈自慰〉の際イメージするのは、灯の〈白い脚〉なのであるが。

さて、つづいて麻衣子が見せるのは、〈ハムのような色のワンピース〉姿である。作中には、陽介が〈ツナやハム、チーズなどを載せたトーストを何枚か食べ〉る場面が出てくる。陽介にとっては、ある種日常的に、特に深い感慨もなく食べるもののひとつとして、〈ハム〉はあると位置づけられる。そうして、同じ種類の〈トースト〉を何枚もつづけて食べるところに、陽介にとってはこの朝食の摂り方が、習慣化された行為なのではないか、という推測を立てることが可能である。この推測は、彼がきわめて規律的に行動していることからも、蓋然性が高いように思われる。

ところで、それでは、麻衣子の着ていたワンピースを〈ハムのような色〉ととらえる陽介の心理は、いったいどんなものだと考えられるだろうか。陽介と麻衣子の関係性を振り返るなら、ふたりは元恋人であり、なおかつメダカのエピソードから、幼馴染でもあったことが本文からはわかる。過去のことを述懐する麻衣子の、〈陽介くんの家もきっと見えた。〉というセリフからは、麻衣子が陽介の家をいまは知っている、すなわち家の往来をするくらいに仲がよかった二人の姿が浮かび上がり、また、〈「そう、生き物係。でも、そのことを覚えてるのって、もう陽介くんくらいしかいないんじゃないかな」〉という麻衣子の台詞にも、いささか特別なくらいに特別なふたりの親密さがうかがえる。また、元恋人という関係上、ふたりは恋人だった当時は互いの家を往来するような間柄であっただろうことは、灯と陽介との関係を見れば想像がつく。

そんな麻衣子のワンピースに対し、陽介は、自身の習慣に組み込まれた〈ハム〉を、〈ハムのような色〉を見る。ここでは、ふたとおりの可能性があることを指摘しておこう。すなわち、ワンピースを見た瞬間に、陽介は、彼にとっていまやなじみとなった灯が来訪したのではないか、と一瞬錯誤したという可能性、もしくは、元恋人である麻衣子がいずれ自分のもとを訪問するのを、心のどこかでなんとなく予期していたという可能性、その両者である。ただ、後者はもとより、前者の場合ですらも、陽介のなかに麻衣子が、たとえば〈アオイだとかミサキだとかユミコだとか、とにかく別の女〉とは違い、影を落としていた、ということになる。そのような影乃至は予感のせいだろうか、陽介は大した抵抗もせずに麻衣子の押されるがままにセックスをすることになる。

さて、それでは三つ目のチョコレート色のワンピースはどうだろうか。チョコレートケーキは、陽介にとって特別な食べ物である。それは灯と付き合う前に陽介が〈好きって言ってた〉食べ物であり、灯に初めてふるまわれた手料理であるからだ。そうして、灯に初めてふるまわれた手料理であるかどうかはともかく、陽介がチョコレートケーキを好きなことは、麻衣子にも共有されていた。〈ケーキを好きなだけ買ってあげる〉と言った麻衣子が陽介にまず〈買ってあげる〉のが〈チョコレートケーキ〉だからである。

このように見ていけば、ひとつの事実が明白に浮かび上がるように思われる。つまり、麻衣子のワンピースの色は、語り手の好物にどんどん接近しているのだ。

これらを踏まえたうえで、改めてこの〈チョコレートケーキと色が似てい〉るワンピースについて考えてみると、そこにはひどく興味深いものがある。麻衣子は陽介がオーダーする前に彼の好物であるチョコレートケーキをオーダーしていることからもわかるように、陽介の好物を知っていた。また、〈三田〉の〈カフェテリア〉なのだから、当然そこで販売されているチョコレートケーキの微妙な色合いなどにも通暁していたことだろう。そのうえで、〈実に多くのワンピース〉の中から〈チョコレートケーキと色が似てい〉るワンピースを――それも〈しいてい〉わなければ、色としては区別がつかないほどに酷似した――着て陽介を待ち、陽介のためにチョコレートケーキをオーダーした。実際の出来事なら偶然の一致で片づけるべきことだが、テクスト内においてこのような一致が起きるとき、そこには意味を見出すべきである。すなわち、ここで麻衣子は、陽介の気を惹こうとしていた、と考えるのがごく自然だ、ということだ。それが、いまだ麻衣子のなかに残存する恋愛感情に基づくものか、あるいは復讐心や嫉妬という負の感情に由来するのかは不明である。語り手である陽介によって描かれる世界像を見ているだけの読者には、ましてや、〈麻衣子はネガティブな感情をはっきりと言葉にせず、遠回しに伝えることが多い〉ゆえ、陽介には、〈麻衣子の言動を深読みする癖がついてい〉るほどなのだ。麻衣子が感情を激しく吐露するタイプの人物ではない以上、彼女の様子から、その真意を探るのは、非常に難しいと言わざるを得ない。ただし、実際問題として、陽介が〈チョコレートケーキと色が似てい〉るワンピースを着た麻衣子が去ったあと、麻衣子のワンピースの色とおなじ〈チョコレートケーキをひとくち食べ〉、あまつさえ、麻衣子が〈半分ほど残していった〉〈アイスコーヒー〉を〈飲み干〉す、という運動が、如上のとおり、テクストの内部で惹起されたことはまた確かなのだ。

最後にもう一点、灯が麻衣子との邂逅を振り返るシーンで出てくるワンピースを見ておこう。ここで灯は、〈桜色のワンピースがとても似合っていて〉と、あたりさわりのない表現で麻衣子を褒める。そうして、二人が出会ったのは、〈私にあの人のことがうまく理解できているとは思えないから〉〈偶然なのかどうかはやっぱりよくわか〉らない、と言う。

もし仮に、だが、そうしてそれは十分にありえそうなことだが、二人が陽介の最寄り駅で出会ったのが偶然ではなかった、という視座に立つときには、見えてくるものがある。麻衣子が着ていた〈桜色のワンピース〉についてだ。〈桜色〉とはどんな色だろうか。一応確認しておくならば、それは、〈R:253、G:238、B:239〉(註3)で表現される〈vp-PR(ごく薄い紫みの赤)〉(註4)だと言う。これは、陽介に言わせれば〈ハムのような〉となる色ではないだろうか。だとすれば麻衣子は、灯とすでに付き合っている陽介とセックスをしたときと、完全におなじ服(註5)で、灯に偶然を装い会ったということになる。麻衣子は〈実に多くのワンピースを持ってい〉ると陽介は言うが、陽介のワンピースの描写が色彩に偏っていたことを想起すると、ここでの〈実に多くの〉は〈実に多くの色の〉と換言できるだろう。ということは、〈ハムのような色〉のワンピースも何着も持っていないのではないかという仮定が成り立つ。

もう一点はっきりすることがある。それは、麻衣子にとって、陽介と一夜をともにしたことを灯に告白することは、なんら〈特別な場合〉ではなかった、ということだ。〈特別な場合を除けば、麻衣子はワンピース以外の服を着ない〉とはすなわち、〈特別な場合〉には〈ワンピース以外の服を着〉る、ということである。しかしここでは、それをしていない。

これらを踏まえて出てくる麻衣子像は、いったいどんなものになるだろうか。灯という恋人がいることを知りながらも元彼である陽介と不貞を働いたときの格好で灯に会い、そうして、そこにはいっさい特別なことなどないというふうに不貞を告白する。それは、死んだはずの恋をむりやりに蘇らせつづけ、〈ゾンビのような姿を露わに〉(註6)させつづける、何ほどか呪術師めいた麻衣子の姿である、と言えるのかもしれない。一方で、別項で論じる予定であるが、麻衣子はまた別の貌ももっている。登場人物ひとりひとりに解釈の多様性を与えている、という意味でも、「破局」は読みごたえのあるテクストとなっていると言ってよい。