小説

冷蔵庫の埋葬

朝起きると、みどりちゃんが冷蔵庫にシールを貼っていた。すでに扉の一面が、色も模様もとりどりのシールで埋められている。どうしたの、と尋くと、セリアでいっぱい買ってきたのー、と答える。わたしが聞きたかったのは、シールの来歴じゃなくって、みどりちゃんの行為の意図なんだけど。

そのまま観察していてもよかったし、彼女の横で、八枚切りの食パンをトースターに入れてつまみを回してもよかったのだが、いっしょに貼ってもいい? と尋ねると、いいよぉ、と快諾された。みどりちゃんのとなりにあぐらをかいて、人差し指が触れたシールを取り上げる。シールはばらの花のようなかたちに床にならべられていて、冷蔵庫一台分の表面積をおおって優にあまりあるほど(すごい…)をみどりちゃんは用意しているみたいだ。

「ディープ・フリーズ」という漫画(ナカグロは入らなかったかもしれない)を昔読んだことがある。ある種の異能が登場する話で、「冷凍庫開けて」、というのが彼の魔法のことばだった。もちろん、異能って言っても万能ではない。彼の魔法がすぐに融けちゃうような女の子もいる。でも――彼が「冷凍庫を開け」ることのできないにんげんは、いない。まるで、かの、ような。そんなふうだったって、記憶している。そうだ、確か超人は、手白沢温和てしらさわゆたかという名前だった。手白沢がもし、冷凍庫を開けられないにんげんに、あるいは、冷凍庫なんて存在しないにんげんに出くわしたら、いったいどうするのだろうか。そんなことを考えながら、冷凍庫の扉の、なんていうんだろ、扉と冷凍庫の壁面が密着するところ? パッキン?(最近すっかり締めが甘くなっちゃって、上の扉を閉めると、反動で、下の扉が開くようになっていた)にシールを貼って、冷蔵庫の中身(空だけど)に兵糧攻めをしかけるようなみどりちゃんを見る。

まあでも、わたしたちに、というか、この冷蔵庫に限って言えば、冷凍庫、開かなくてもべつに困らないんだけれど。だって、この冷蔵庫はこわれていて、わたしたちはきょうあたらしい冷蔵庫をおむかえするのだから。この冷蔵庫は今日荼毘に附される(と言ったけれども、わたしのなかではむしろ、火葬と言うよりは水葬のイメージ。深い藍色の底に、ぶくぶくと冷蔵庫が沈められていく)。だから、なにをしたって平気だ。というのはイコール、なにをしたってむだだ、ということになる。

かりかりと、爪の先でシールをたまねぎの皮みたいに剝きながら、「あたらしいほうに貼ればいいのに」、言ってみる。みどりちゃんは、ハチクロのはぐちゃんみたいにきょとんとした顔をすると、

「んーとね、これ、お花の代わり」

「お花?」

「そっ!」

キツネみたいに怪訝な顔をしているわたしに、みどりちゃんはにこっと相好を崩した。

「お葬式では、死んだひとのまわりをいっぱいの花で埋めるでしょ? でも、死んじゃった冷蔵庫を棺桶に入れるなんて、ちょっとゲンジツテキじゃないし、お花って高いからさー。で、みどり考えたの。かわりにどうすればいいか。だから、これ!」

そう言って、シールの台紙のうしろで白い歯を見せてみせる。みどりちゃんの口から、現実的、なんてことばが出て来たのに、わたしは思わず笑った。でも、顔はいかにもおかしいっていうふうにゆがむのに、頭のなかは、なんだか石焼いもみたいにほくほくした気持ちでいっぱいになる。

「よーし、いっぱい貼ろ! どんどん貼ろ!」

そうして、わたしたちは、王様のお洋服を選ぶ侍女になったみたいに、きらきら光るシールを手にとっては、あれよこれよと冷蔵庫に貼りつけてゆく。