小説

或る翌朝

――……ぼくはひねくれているのかな?

そういうと、雲母うんもは小首を傾げて見せました。思わずぼくは、声を殺して笑います。「小首を傾げる」という動作が、なにかすごく、いわばメタ的な、というか、動作のための動作的な、というか、そういうものとして感じられたからです。サイドテーブルから眼鏡を取り上げると、雲母はぼくが笑っていることに気づき、軽く口をとがらせてみせる(この動作も、漫画などではよく見かける心情表現ですが、日常生活ではあまりお目にかかることのないものと言っていいでしょう)ので、いよいよぼくは心置きなく大声で笑いはじめます。ぼすん、という音がして、雲母の気配がぼくの横に倒れ込んできたので、ぼくはようやく笑うのを止して、いとしいものを見つめるときの眼の細さをつくりました。白皙の王子様がやったとなら、それはひどく様になるのかもしれませんが、徹夜明けの腫れぼったい一重瞼の平民がする仕草では、ところかまわず好みの男女をいちころに、というふうにはいかないでしょう。

雲母もぼくも、容姿に秀でたところがあるタイプではありません。ですが、ぼくは雲母のさらさらの髪に関して言うなら、控えめに言っても「大好き」ということになるでしょう。曲げた肘で頭を支えながら、もう片方の手で雲母の髪の間に指をいれます。そうして、雲母の髪の先端をそっとつまんで手を離します。髪の毛はすぐに元の場所に戻ります。その従順さときたら、きつめの天然パーマのぼくからすれば考えにくいことです。雲母はしばらくぼくの腕の動きを特に目を動かさずに見つめていましたが、やがて、軽く微笑むと、

――石英せきえい、ぼくがひねくれものかどうかは、きみにとっても大切なことだと思うよ?

そう言って、ふたたびサイドテーブルに眼鏡を戻し、軽く微笑むと灯りを消しました。六月の午前六時の太陽が、雨戸の向こうではどんちゃん騒ぎをしていることでしょうが、あいにくこの部屋に、その浮かれきった声が届くことはありません。

すぐにでも眠りに落ちるのはたやすいことです。なにせ、先ほど申し上げたとおり、ぼくたちは徹夜明けだったのですから。けれども、ぼくの身体は興奮のためか少し火照っていて、それは雲母にしてもおなじことのようです。はじめはぼくに背を向けて、ぼくが眠るのを待っているようにひそめた呼吸をしていたのですが、やがてこちらを向いて、

――ねえ、石英。ぼくはもうへとへとなのに、この体も、心もまだまだ眠りたくないみたいだ。

――それはぼくもおなじさ。

――あ、

そう短く応ずる雲母の声は、どこかしら間の抜けたひびきを帯びてぼくの耳に届きました。ぼくはもう笑いません。かわりに雲母がくつくつと喉の奥で笑いはじめます。ぼくたちは恋人ですが、一心同体というわけではありません。比翼の鳥ですらないのでは、と思います。運命ではなく偶然、偶然が玉突き事故を起こして、なぜかそばにいる、そういうほうがふさわしい関係ではないでしょうか。けれども、なにがおかしいんだよ、そう尋ねるのはなんだか野暮な気がして、ぼくは開きかけた口を閉じました。ふたたび開いた口から出てきたのは、なぜか妙に心細げな声でした。

――今日のデモに集まったLGBTQ、そうじゃないひともいたのかもだけど、そのなかで、

――うん。

――絶望していないひとはどのくらいいるんだろう。あるいは……、

――ゼロだよ。

絶望とはなんだろう、と言いかけたぼくを遮るように、自信たっぷりに雲母は言いました。ぼくは少々、だけれども「ほんとうに」おどろきます。

――ゼロなのか!

――そうだよ。みんなみんな絶望してる。絶望しつつ怒っている。そうしてはじめて行動が生まれる。死者的な、ゾンビ的な、生を剝奪されかけているものに特有の、あくまで純粋な行動が。

そこまで早口で言うと、今度は雲母はおおきくため息をつきます。そうして、「ぼくはひねくれているのかな」、と、ふたたび口にしました。先ほど、「ぼくはひねくれているのかな」、の前に雲母が口にしたのはこんなことばです。「ほんとうは、なにかが変わるなんてこれっぽっちも思うことができない」。しかし――いまの雲母のことばを聞いて思いついたことがあります。すなわち、『あくまで純粋な行動には、企図など介在する余地はない』。つまるところ、そういうことではないのだろうか。

――石英、きみ、いま、泣いているね。

雲母がそう言ったので、ぼくは動揺して自分の頰を拭いました。けれども、頰は濡れてなどいません。すなわち、ぼくは無自覚に涙を流していたわけではない、ということになります。けれども、雲母の泣いているね、ということばは、否、そのことばにこめられた固いものをすべて削り取ったあとのようなひびきは、やさしくぼくの涙腺を刺激しました。涙がぼくの眼からこぼれ落ちたのは、こういう次第です。

泣いているね、と口にし、泣いていたのなら、慰めてくれるつもりなのか、と一瞬思いました。けれども雲母は、そう言うだけ言うと、ふたたびぼくに背中を向けてしまいます。ぼくは拍子抜けします。ひねくれているかどうかはさておき、やはり雲母のことはよくわかりません。そのわからなさを、少しずつ解決して知っていこう、という向上心すら、正直なところぼくにあるのかどうかはあやしいものです。離れがたい、離しがたい、という気持ちだけで愛と呼べるのか。むずかしいことはわかりません。ただぼくは膝を曲げて背中を丸め、折り畳まれたパイプ椅子のようにゆたかな眠りが体の中を満たしてくるのを感じながら、玉突き事故を起こしてくれた偶然に、ちいさくありがとうと伝えたのです。