扉を開けた瞬間にはがらんのように感じられた法廷も、我に返ったならばぎっしりの大入りで、弁護士も検察も裁判員も傍聴者たちも、そこにいるひとびとはみな、病院着のようなものを着て、白い仮面をつけている。ひとりはだかの顔であることに、いっそわたしは赤面したい気分だ。彼らのあいだで織り成されるひそひそ話は、意味などという下品なものではなく、ただのオトのさざなみとして、お上品にわたしの神経を逆撫でする。こんなぺてんの法廷に、わたしが出廷する義務は本来ない、と思う。けれども、ぺてんと思っているのはわたしだけで、彼らの法律には、この裁判の正当性が記載されているのかもしれない。ただ、わたしひとりの手にある六法全書だけが乱丁している可能性は排除できない。
「S氏の裁判」
収録作品
- S氏の裁判
販売サイト
初版発行日
- PDF:2020年4月1日
- mobi:2014年4月30日
- 書籍(文庫):2017年4月1日
頁数
- PDF:97p
- 書籍(文庫):102p(表紙回り4p含む)
発行元
- PDF:6e
- mobi:6e
- 書籍(文庫):6e
備考
- 幻想小説