• 小説

    11、12

    イレブンとトゥウェルブってなんだろう? わたしの見立てによれば、それは11と12のこと(英語版)だが、みどりちゃんに言わせるなら、「そうだけど、ちがーう!」ということになるらしい。

    「もちろんみどりもそのくらいのことは知ってるよ。でもね、真魚ちゃん、みどりが気になるのは、なんでそれがワンティーンとトゥーティーンじゃないのかってことなのだよ」

    「ああ、確かに変よねぇ」

    「でしょ!? でしょ!?」

    そう言うとみどりちゃんは、大皿に盛られたぶどうに手をのばし、皮も剝かずにそれを口のなかに入れた。ヨーロッパではぶどうの皮を剝かないで食べる、と聞いたことがある。ならばみどりちゃんは、さながらイギリスの王女様のようにぶどうを食べる、と言うことが可能になる。

    「ママから聞いたんだけど、むかしはセブンイレブンって朝の七時から夜の十一時までだったんだって。だからセブンイレブン。だけどいまって、二十四時間やってるじゃない? だからみどり、どっちがイレブンでどっちがトゥウェルブだか、なかなかおぼえられなかったの」

    中学一年生のころのみどりちゃんにならまだしも、いまここにいるみどりちゃんに対して、トゥウェルブにはトゥーのTWが入ってるじゃない、などと口にするのは詮方ないことだ。わたしは黙ってぶどうに手をのばす。皮を剝く。さいわいこのぶどうは種なしだ。みどりちゃんの前で種を吐き出すのは、じつはわたしはいまだにちょっと恥ずかしい。

    「英語圏のひとたちは、十一歳とか十二歳の、テンオーバーのノットティーンの時代をどうやりすごすんだろうね。なんていうかさ、どっちつかずな感じで居心地悪くないのかなあ」

    「そこまで気にしないんじゃない?」

    「うーん……」

    みどりちゃんは得心がいかない顔をしている。あるいは、とわたしは思う。

    「もしかしたら、そういうふうに『つまずく』ことも、人生には大事なことかもしれないよ。みどりちゃんがつまずいたみたいに」

    みどりちゃんは一瞬、種なしのはずのぶどうの種を噛んでしまったような顔をした。口許についたぶどう汁を人差し指でちょっと拭うと、テーブルのうえで両手を組んで、微笑む。

    「そうなのかもね」

    わたしたちは、もうすぐ二十歳になる。

     
  • 小説

    タナトスとカビキラー

    タナトスとはなにか? Wikipediaの記事を鵜呑みにするのなら、それは、[ギリシア神話に登場する、死そのものを神格化した神]のことだという。平たくいうのなら「死」の象徴であり、実際は形而上にしかない「死」というものを、形而下において具現化したもの、ということになるだろうか。おそらくそれは、ほんらい戯れることのできない「死」というものとなんとかして戯れるために、文字通り「必死に」ヒトが発明した視座なのだと思う。だって、いきなり「死」なんかに出会うことになったら、わたしたち、びっくりしすぎてきっと耐えられないもの。だからわたしたち、日々、タナトスと遊ぶ。

    「タナトスだねえ、みどりちゃん」

    「そうだねえ、真魚ちゃん」

    たとえばこんなふうに。死と顔なじみになって、いつかだれしもに訪れるそのときを、ただの衝撃で終わらせないために。

    というわけで、この中継をお送りするのはお風呂場からである。お風呂場――そこはタナトスの宝庫。すくなくともわたしたちにとっては。

    「キャー! 壁に黴が!」

    「いやーん! 天井にも!!」

    わたしたちはお互いの手に手を取り合い、ことさらな悲鳴をあげてみせたあとで、ふふふっと、天使のように笑ってこう言うのだ。

    「タナトスだねえ、みどりちゃん」

    「そうだねえ、真魚ちゃん」

    すこし説明がいるかもしれない。

    こういうお話のご多分に漏れず、言い出しっぺはみどりちゃんのほうである。

    「真魚ちゃん、黴って死の象徴みたいだよね」

    わたしは違和感をおぼえた。みどりちゃんのせりふの意味に、というよりは内容に。だっていまはうららかな春の午後である。「死」というのは、酷暑か酷寒が似合うものではなかろうか。

    「はあ」

    「だってさーあ、そうじゃない!?」

    わたしの生返事に、みどりちゃんはかえって昂奮したようだ。

    「黒いしさ、ふっと気がつくとそこにあるしさあ、いつからあるかわからないしさあ、わたしたちの肉体を蝕むしさあ。すべてのひとが死ぬ運命であるように、すべてのお風呂場は黴びる運命にあるしさーあ!」

    「倒しても倒してもよみがえってくるし?」

    「そう!」

    「黴臭いし?」

    「そうそう……ってそれはあたりまえだっつーの!」

    みどりちゃんがビシっとツッコミをいれる。わたしは微笑むと、本を閉じ、ふと、そういえば、と思い出した。それはこういう話だ。パンに生えた黴、あれは、異常の初期症状ではなく最後通告なのだと。黴が生えたパンは、黴をむしったところで、もはや決して食べてはいけないものなのだと。うーん……とわたしはうめく。パンに黴は宿るけれども、黴が繁茂しすぎたパンは、おそらく瓦解する。自身の宿主を殺してまで生き延びようとするというのは、それは――

    「一種のタナトスって言えるのかもしれないね」

    どうだろう?

    わたしたちは白い割烹着に白いマスクをつけ、白い三角巾を頭に巻いて、きゃっきゃっとさわぎながらあちこちにカビキラーを吹きつけてゆく。ごしごしとスポンジでこする。すっかりきれいになったお風呂に、今日はお湯を張ろう。無印で買った入浴剤を入れよう。ジークムント・フロイトはきっと、お風呂掃除が嫌いだったにちがいない。でも、わたしたちは明日も生きてゆく。