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2013/03/04 23:59

神様の唇に引かれた口紅のように、掌では拭いきれないほどの夜がやってくる。ディオンガのおなかの底は白くなった。雪のようにつめたい火の棘のついた茎が血管に絡みつきながら目の奥まで届き、ディオンガの視界の隅で、薔薇となって炸裂する。もう、オレンジの皮よりもずっと薄い壁の向こうで、父親と母親がささやき交わす声は聞こえない。乾いた唇を舌で舐めると――しかしこの言い方は、あたかも舌以外の器官でも舐めるという営為が可能であるかのようではないだろうか――、ディオンガは粗末なベッドから身を起こし、色の褪せた敷物のうえに足をおろす。むしろ汗ばむほどなのに、ディオンガはその身体を二、三度震わせた。はずみで、もうこれ以上の洗濯は断固として拒絶すると言いたげによれよれの黄色いTシャツ――しかし、ディオンガの住んでいる国では、もうずいぶんと長いこと、ほとんどありとある物資が不足していた――が、ふいにまくれあがっていたことを恥じ入るかのように、ディオンガの臍を隠す。

「英雄」

収録作品

  • 英雄

販売サイト

  • BOOTH
  • Gumroad
  • KDP(電子書籍)
  • KDP(オンデマンド紙書籍)

初版発行日

  • PDF:2021年12月1日
  • 書籍(B6):2021年12月1日

頁数

  • PDF:71p
  • 書籍(文庫):74p(表紙回り4p含む)

発行元

  • PDF:6e
  • KDP(書籍):Independently published

備考

第3回ことばと新人賞二次予選通過作。


2021/12/01 00:00

ご依頼用のメールフォームを設置いたしました。

https://rokuehiroaki.info/contact

こちらのフォームをご利用でないご依頼につきましてはスルーする可能性が高いです。ご承知おきください。

法人様からの無償のご依頼については原則としてお受けできませんが、個人の方の場合は一度、ご相談いただければと思います。よろしくお願いいたします。


2021/11/25 19:00

Twitterアカウント(告知用ではないほう)につき、おそらく、ですが、当面の間更新停止いたします。以下、その理由につき、簡単に説明したいと思います。

Twitterをやっていると、心が落ち込んだり、もっと率直にいえば恐怖を感じたりすることが、このところ増えてきました。ブロックやミュートなどで自衛はしているつもりですが、それでもなお、単純な思考や嗜好の方向性の違いというだけではわたしにとっては片付けきれないようなツイートに出くわす機会は一向に減る兆しを見せないばかりか、ますます多くなっていくような印象を受けています。

社会的弱者を蹂躙したり排撃したりして悦に入っているツイートに対し、もちろんスルーという方法もあるのだろうとは思いますが、一方で、そういうツイートに対しなんらかの見解を表明しないのも、マイノリティとしての「自分の役割」を放棄しているようで、わたしは、居心地がよくありません。しかしながら、140文字の世界と議論との相性の悪さは、可視化されて久しいと言って過言ではないでしょう。そうして、自分にとって、というか、ロクエヒロアキにとって、Twitterというメディアを利用する意味はなんだろう? と立ち止まったとき、情報発信以上の狙いを持たせる必要は現状ないな、という結論を出すに至りました。

とはいえ、これは何か言いたいことがあるときに口を閉じるということでは、必ずしもありません。わたしにはHPがあるので。単純に、不毛なことに時間を濫費するのをやめよう、という事情だとお考えいただけますと幸いです。

アカウントを削除しようかどうかも若干迷ったのですが、相互さんとはDMなどでこれからもやりとりができると便利なので、こちらは残しておきます。いずれ鍵アカウントにする可能性もありますが。今後の新規情報につきましては、@rokuehiroaki をフォローいただけますと幸いです。

よろしくおねがいいたします。


2021/11/05 19:00

――……ぼくはひねくれているのかな?

そういうと、雲母うんもは小首を傾げて見せました。思わずぼくは、声を殺して笑います。「小首を傾げる」という動作が、なにかすごく、いわばメタ的な、というか、動作のための動作的な、というか、そういうものとして感じられたからです。サイドテーブルから眼鏡を取り上げると、雲母はぼくが笑っていることに気づき、軽く口をとがらせてみせる(この動作も、漫画などではよく見かける心情表現ですが、日常生活ではあまりお目にかかることのないものと言っていいでしょう)ので、いよいよぼくは心置きなく大声で笑いはじめます。ぼすん、という音がして、雲母の気配がぼくの横に倒れ込んできたので、ぼくはようやく笑うのを止して、いとしいものを見つめるときの眼の細さをつくりました。白皙の王子様がやったとなら、それはひどく様になるのかもしれませんが、徹夜明けの腫れぼったい一重瞼の平民がする仕草では、ところかまわず好みの男女をいちころに、というふうにはいかないでしょう。

雲母もぼくも、容姿に秀でたところがあるタイプではありません。ですが、ぼくは雲母のさらさらの髪に関して言うなら、控えめに言っても「大好き」ということになるでしょう。曲げた肘で頭を支えながら、もう片方の手で雲母の髪の間に指をいれます。そうして、雲母の髪の先端をそっとつまんで手を離します。髪の毛はすぐに元の場所に戻ります。その従順さときたら、きつめの天然パーマのぼくからすれば考えにくいことです。雲母はしばらくぼくの腕の動きを特に目を動かさずに見つめていましたが、やがて、軽く微笑むと、

――石英せきえい、ぼくがひねくれものかどうかは、きみにとっても大切なことだと思うよ?

そう言って、ふたたびサイドテーブルに眼鏡を戻し、軽く微笑むと灯りを消しました。六月の午前六時の太陽が、雨戸の向こうではどんちゃん騒ぎをしていることでしょうが、あいにくこの部屋に、その浮かれきった声が届くことはありません。

すぐにでも眠りに落ちるのはたやすいことです。なにせ、先ほど申し上げたとおり、ぼくたちは徹夜明けだったのですから。けれども、ぼくの身体は興奮のためか少し火照っていて、それは雲母にしてもおなじことのようです。はじめはぼくに背を向けて、ぼくが眠るのを待っているようにひそめた呼吸をしていたのですが、やがてこちらを向いて、

――ねえ、石英。ぼくはもうへとへとなのに、この体も、心もまだまだ眠りたくないみたいだ。

――それはぼくもおなじさ。

――あ、

そう短く応ずる雲母の声は、どこかしら間の抜けたひびきを帯びてぼくの耳に届きました。ぼくはもう笑いません。かわりに雲母がくつくつと喉の奥で笑いはじめます。ぼくたちは恋人ですが、一心同体というわけではありません。比翼の鳥ですらないのでは、と思います。運命ではなく偶然、偶然が玉突き事故を起こして、なぜかそばにいる、そういうほうがふさわしい関係ではないでしょうか。けれども、なにがおかしいんだよ、そう尋ねるのはなんだか野暮な気がして、ぼくは開きかけた口を閉じました。ふたたび開いた口から出てきたのは、なぜか妙に心細げな声でした。

――今日のデモに集まったLGBTQ、そうじゃないひともいたのかもだけど、そのなかで、

――うん。

――絶望していないひとはどのくらいいるんだろう。あるいは……、

――ゼロだよ。

絶望とはなんだろう、と言いかけたぼくを遮るように、自信たっぷりに雲母は言いました。ぼくは少々、だけれども「ほんとうに」おどろきます。

――ゼロなのか!

――そうだよ。みんなみんな絶望してる。絶望しつつ怒っている。そうしてはじめて行動が生まれる。死者的な、ゾンビ的な、生を剝奪されかけているものに特有の、あくまで純粋な行動が。

そこまで早口で言うと、今度は雲母はおおきくため息をつきます。そうして、「ぼくはひねくれているのかな」、と、ふたたび口にしました。先ほど、「ぼくはひねくれているのかな」、の前に雲母が口にしたのはこんなことばです。「ほんとうは、なにかが変わるなんてこれっぽっちも思うことができない」。しかし――いまの雲母のことばを聞いて思いついたことがあります。すなわち、『あくまで純粋な行動には、企図など介在する余地はない』。つまるところ、そういうことではないのだろうか。

――石英、きみ、いま、泣いているね。

雲母がそう言ったので、ぼくは動揺して自分の頰を拭いました。けれども、頰は濡れてなどいません。すなわち、ぼくは無自覚に涙を流していたわけではない、ということになります。けれども、雲母の泣いているね、ということばは、否、そのことばにこめられた固いものをすべて削り取ったあとのようなひびきは、やさしくぼくの涙腺を刺激しました。涙がぼくの眼からこぼれ落ちたのは、こういう次第です。

泣いているね、と口にし、泣いていたのなら、慰めてくれるつもりなのか、と一瞬思いました。けれども雲母は、そう言うだけ言うと、ふたたびぼくに背中を向けてしまいます。ぼくは拍子抜けします。ひねくれているかどうかはさておき、やはり雲母のことはよくわかりません。そのわからなさを、少しずつ解決して知っていこう、という向上心すら、正直なところぼくにあるのかどうかはあやしいものです。離れがたい、離しがたい、という気持ちだけで愛と呼べるのか。むずかしいことはわかりません。ただぼくは膝を曲げて背中を丸め、折り畳まれたパイプ椅子のようにゆたかな眠りが体の中を満たしてくるのを感じながら、玉突き事故を起こしてくれた偶然に、ちいさくありがとうと伝えたのです。


2021/05/29 00:00

2021.8.25 修正

かねてからの課題であった、ホームページの大改装をいたしました。今回の改装での主な変更点は以下のとおりです。

1.Gumroadへのリンクを追加いたしました

作品のダウンロードサイトとして、Gumroadを追加いたしました。DL可能なものはBOOTHとおなじですが、Gumroadはアカウントをお持ちでない方もご利用いただけます。ご都合に合わせてご利用ください。

2.製本直送どこでも販売へのリンクを追加いたしました

これまで受注生産でBOOTHで販売していた書籍を、今後は製本直送さんのどこでも販売を利用して頒布することにいたしました。これにより、全体的に、これまで若干ですが安価で受注生産の書籍を頒布することが可能となりました。また、これにともない、BOOTHでの頒布物は、①ダウンロード商品、②R指定のつく作品の紙書籍版、③手元に在庫のある紙書籍となります。

3.書籍販売サイトの一覧ページを作成いたしました

販売サイトの増加に伴い、各販売サイトのページへのリンクを整理し一覧にいたしました。こちらをご覧ください。

4.サブスクリプションへのリンクを解除いたしました

あまりに更新ができていないので、各サブスクリプションサイトへのリンクを解除いたしました。ページは残しますが、アップしたものはいずれも電子書籍/オンデマンド書籍でいずれはお読みいただけるようにするつもりです。

というわけで、無事アップデート完了いたしました。今後ともよろしくお付き合いくださいませ。


2021/05/28 18:30